東京高等裁判所 昭和59年(う)1183号 判決
所論は,要するに,(1)被告人の人格形成の経緯及び被告人の供述書全体から精神分裂症的傾向が推知されること,(2)被告人は20年前から4回に亘り精神病院に入院した経歴を有すること,(3)被告人は数多くの犯罪歴及び前科を有し,罪の意識不充分の状態で刑務所生活を繰返しており,被告人の病的原因を排除しない限り更生を期待することは困難であること,なお,大阪高裁における精神鑑定以後においてもその前科が示すとおり,その精神状態は一向に治癒されている傾向にないこと,(4)本件の犯行は,42歳の一般社会人の行為としては余りにも常軌を逸した行為と解されることなどの点から,被告人は本件犯行当時心神耗弱の精神状態にあったのに,これを認めなかった原判決には事実誤認がある,と主張するものである。
そこで原審記録並びに当審で取り調べた全証拠を総合して判断すると,原判示の各犯行当時被告人が心神耗弱の精神状態にあったとは,これを認めることができない。以下所論に則して説示する。
1 当審は,後述のように被告人に精神病院入院の経歴のあることにかんがみ,被告人を精神鑑定に付した。鑑定人辰沼利彦作成の精神鑑定書がそれである(以下辰沼鑑定と略称する)。……中略……
原審第1,第2回公判において,①強盗強姦未遂罪等の昭和48年9月4日神戸地方裁判所判決,その控訴審の同49年10月18日大阪高等裁判所判決,その上告審の同50年3月20日最高裁判所決定,②建造物損壊罪等の同54年12月24日岡山地方裁判所判決,同55年5月21日広島高等裁判所岡山支部判決,③器物損壊罪の同57年4月22日岡山地方裁判所判決,④窃盗罪等の同58年5月27日甲府地方裁判所判決の各謄本が証拠として提出されているが,このうち被告人の精神状態(心神喪失又は心神耗弱)に関する主張をしているのは①の事件においてのみ(第1審では,被告人につき軽度の精神分裂病の寛解状態にあることと即行的傾向の強い性格異常による心神耗弱,第2審では軽症精神分裂病による心神耗弱を各認定している)であって,右①の判決の右のような判断があり,かつその判示の中には被告人が同41年5月から同47年1月までの間に4回に亘り精神分裂病又はその疑いなどで精神病院に入院した旨のことが明示されているのに,その後の犯行に関する前記②ないし④の各判決においては,被告人の精神状態に関する心神喪失又は心神耗弱の主張は一切なされておらず,これらの判決中にはそれに関する判断は勿論無く,被告人のそれぞれの各犯行時の精神状態は,理非を弁識する能力を備え,その認識に則して行動し得る能力を有するものであることを前提として,右各判決がなされていることが認められること。このことは,被告人が前記4回の精神病院に入院の経歴があり,かつ,同48年ないし50年当時浜鑑定において軽度又は軽症の精神分裂病に罹患していると鑑定され,それによる心神耗弱と認定されていたにもかかわらず,少くとも同54年以降においては,被告人の精神状態において,そのような症状は継続若しくは持続していなかったことの有力な証左であって,この観点から医学上右の軽度又は軽症精神分裂病が完全に治癒していたか否かは格別,同54年以降の裁判においては,心神耗弱いわんや心神喪失を論ずるまでもない程,被告人の精神状態はその各犯行時には正常化していたと認めることができるのである。……中略……
2 当審における経過は次のとおりである。
(1) 被告人は,その当審供述書において,突如として,①自己の精神鑑定をして欲しいこと,②本件の各犯行は,幻聴が入って幻覚でやったものであること,すなわち,③原判示第1の自動車の窃盗は,何者かの力によって,幻覚によって無理矢理に車を盗まされたものであること,又④ガソリン代の詐欺の時も同様に,小さな赤ん坊のようなとっても可愛い声でガソリンの給油を命じられ,自分が嫌だというと,何者かの力で車を動かされ給油してもらった後,自分がやったという証拠に煙草の空箱を残して逃げていること,⑤車を運転したが,その間私は何者かによって魂を奪われてしまっていたので,小さな小悪魔の声の命ずるままに京都からやってきて,右の各犯行を犯し,逮捕されるまでずっと幻聴,幻覚が入っていたこと,⑥警察,検察に対しては,そんなことを言っても馬鹿にされるだけだから黙っていたこと,⑦「霊界ゲーム」のことについて言及していること,を骨子とする主張するに至ったこと,
(2) 当審での辰沼鑑定について検討する。
ア 鑑定の結論は,「被告人は精神分裂病である,」とする。そしてその具体的骨子として,被告人は「観念連合弛緩があり,霊界ゲームと称する体系的妄想を持って居り,今回の犯行時にもこの妄想は持続し,かつ犯行に関連していたと推定される。しかしその具体的な関連の仕方については明確な陳述が得られなかった。ただ,控訴趣意書の中には赤ん坊の声に支配されて行った如く記されている。現在の精神状態も同じである。この精神分裂病は,おそらく昭和41年以前断食寮に居た頃から発病したものと思われ,以後症状の若干の起伏はあったが,人格崩壊が無いために一見精神病様に見えず,犯罪行為を繰返して今日まで至ったものであるが,おそらく妄想は発病当時あるいは発病数年後より現在まで一貫して持続していたものと思われる」とする。
イ しかしながら,右鑑定結果については,その前提となる鑑定資料の点において次のような疑問がある。
(ア) 同鑑定書に引用されている岡山県立病院入院中の被告人に対する所見について,医師田辺研二は「演劇的な感じなきにしもあらず」と述べているが,辰沼鑑定はこの点を看過し特段の評価をしていない。しかしながら,被告人の精神状況の全生活を通じ,このことは重要な意味を持つと見る必要がある。……中略……
(イ) 辰沼鑑定は,被告人が山口県徳山市泉原病院(被告人の入院当時は徳山精神病院と称する),及び岡山財団法人慈圭病院に入院したときの状況を資料としており,又第4回目の東京都根岸国立病院入院の経歴についてもこれに言及しているが,被告人は54年調書で,右の3病院の入院当時及びその前後の背景を含む事情につき,以下のように述べている。……中略……
右の3病院入院から昭和54年ころに及ぶ被告人の自己の精神状態についての述懐と分析は,前述の2の(2)のイの(ア)の結論と同様に精神病院入院の全期間から右の頃まで,被告人は田の贈与などに絡んで親戚から気狂い扱いにされどうしであり,被告人自身それを逆手にとって昭和48年事件で服役するころまでは,佯狂を装っていたものであることが認められるのであり,このことは辰沼鑑定の前記(2)のアのないしの結論を否定するに足りる有力な反証をなすものである。なお右の供述は,さらに辰沼鑑定の(2)のアの,,の状況が被告人の佯狂によるものであることの反証ともなるというべきである,
(ウ) 辰沼鑑定は,昭和48年の事件で,被告人が「事件を起しわざと逮捕され,警察の力を借りて結婚が出来るようにしたい」(同事件の控訴審判決中の所論から引用したと思われる)との考えであった旨を記載し,これを詭弁とし,かつ被告人の思考の特徴として指摘している。しかし前記被告人の54年調書にみられる被告人と親戚との間の激しい確執闘争に徴するならば,右が被告人の思考の特徴だとしても,右のような論理をもってあながち詭弁とはいいきれないものがある。……中略……
(エ) 辰沼鑑定は,前記1の①のうち大阪高等裁判所の判決中に引用されている浜鑑定の一部をさらに引用しているが,浜鑑定自体は辰沼鑑定後に,検察官から当審に証拠として請求されているので,辰沼鑑定の資料となっていない。
この浜鑑定は,前記1の①の強盗強姦未遂事件において,被告人自身が54年調書で述べているように,それまでに精神病院に4回も入院した経歴があるにもかかわらず,これらは被告人の佯狂によるものではないかと疑われて,その真偽を確かめることを主たる目的としてなされたものであるところ,浜鑑定においては,佯狂であることを否定し,被告人は妄想型の軽症精神分裂病と判断している。しかし,その妄想症状は何んら幻覚を伴わず,したがって知覚や認知となって直接現実行動となる真性妄想ではなく,妄想的観念と呼ばれる軽症性のものであるとしているものである。そしてこのことは辰沼鑑定に対して決定的に重要な意味を持つことになると解される。
すなわち,辰沼鑑定は,被告人のいわゆる「霊界ゲーム」なる幻聴幻覚による真性妄想を重要視し,被告人にこの霊界ゲームなる幻聴幻覚が生じ,その命令によって本件の各犯行を犯したものであることを,多少躊躇しながらも結論において肯定し,そのような真性妄想が生じたことを最重大な理由として,被告人は精神分裂病に罹患しており,その妄想はすでに述べたように発病(昭和41年とする)当時あるいは発病数年後より現在にまで一貫して持続していたものと思われると認定しているのであるが,この鑑定は明らかに浜鑑定の判断と矛盾している。浜鑑定以後辰沼鑑定までの約11年間の間に,被告人に真性妄想が生ずる徴候とか又はそれが生じたことがある経歴があればともかく,かえって浜鑑定以後本件の原審までは,被告人においてむしろ佯狂を主張しこそすれ,すでに説示したように,その精神の異常を疑わしめる徴候も事象も全く存しないことが明らかなのであるから,辰沼鑑定の重要な資料とされているところの,「霊界ゲーム」なる真性妄想が被告人に生じ,それによって本件犯行を犯したとする被告人の当審供述書による妄想の部分,及び辰沼医師に対する供述は,たやすく信用することができないといわなければならない。……中略……
(オ) 次に辰沼鑑定は,被告人の当審供述書に書かれている幻聴幻覚と,同医師の問診の際に被告人が喋べったいわゆる霊界ゲームなる幻聴,幻覚,妄想を重要視し,ロールシヤツハテストなどで被告人が精神病であると積極的に認めるような反応をほとんど示さなかったにもかかわらず,そして霊界ゲームに関することと観念連合の弛緩を除けば,余り精神病的な印象を与えないと診断している被告人を,結論的に精神分裂病と判断した。なお,辰沼医師はこの霊界ゲームなるものを一応虚言ではないかと疑問を呈してはいるが,結局これを被告人の虚言ではなく妄想であると認定しているのである。
しかしながら,被告人が当審供述書で強調している幻聴幻覚なるもの,そしてその延長線上にある辰沼医師に述べた霊界ゲームなる幻聴幻覚が,被告人の真性妄想と断ずるには余りにも疑問点が多すぎ,むしろ被告人の作為的虚言すなわち佯狂ではないかとの疑いは極めて濃厚である。……中略……
以上の観点から約20年前から約13年前までの間に4回に亘り精神病院に入院した経歴を有し,かつ約11年前浜鑑定において軽症精神分裂病の認定は受けたものの,その際真性妄想はないと判断され,その後約10年間に亘って数回の裁判を受けながら,その間一度も精神分裂病などの精神異常の主張をせずかつその判断を受けず,かつ本件においても原審までは,十分にその具体的な主張の機会があったにかかわらず,何ら精神異常とくに幻聴幻覚の陳述をしなかった被告人が当審供述書において唐突に,しかも昭和41年の入院以降初めて,前記のような真性妄想を主張するに至ったことは,余りにも不自然かつ作為的であって,かかる妄想があり,その妄想に命じられて原判示の各事実を犯したとの被告人の陳述は到底これを信ずることができないといわなければならない。もっとも辰沼鑑定は,被告人を精神分裂病と認定するもう一つの理由として,被告人の観念連合の弛緩をあげているが,これは辰沼医師が被告人を直接問診をして,その諸事象を総合したうえでの判断であると解されるので,全く医師の専門分野の結論であって,軽々にその是非を論ずることはできない。だが,原審供述書の幻聴幻覚なるものが真性妄想として信用できない以上,そのことの敷衍演釈にほかならない霊界ゲームなるものも真性妄想とは断じがたく,当審供述書の記載と同様にこれもまた虚言と認めることができるというべきである。
してみれば,辰沼鑑定が被告人を精神分裂病と断じ,その具体的状況を認定していることについては,そのすべてをたやすく首肯するわけにはゆかない。かりに観念連合の弛緩をもって被告人は精神分裂病であり,かつそれが治癒していないとしても,少くとも右鑑定書中,霊界ゲームと称する体系的妄想を持っていること,本件犯行時この妄想は持続し,かつ犯行に関連していたこと,赤ん坊の声に支配されて犯行を行ったとすること,さらに妄想は昭和41年の発病当時あるいは発病数年後より現在まで一貫して持続していたと思われる旨の諸点は,すべて信用できないものといわなければならない。
ウ 以上論じたところから辰沼鑑定は,原判示各事実の犯行時の被告人の精神状態を判断するに当り,これを証拠とすることができない。
(冒頭の)所論(1)ないし(3)は,すでに詳細に論じたところから理由がなく,同(4)は評価を異にするだけであって,すでに説示したように本件犯行自体からは被告人の精神の異常状態を推知させるものはなんら存しないのであるから採用できない。
辰沼鑑定の結果をもって被告人の本件犯行時の精神状態の如何を証することができないほかに,被告人の精神状態の異常さを証するに足りる証拠は一切存しない。したがって原判決に所論指摘のような事実誤認はない。論旨は理由がない。